新幹線vs航空、実は疑わしい「4時間の壁」の根拠

「4時間の壁」という言葉をご存じだろうか。

新幹線と航空機を比較した場合、移動そのものの所要時間は航空機のほうが圧倒的に短いが、空港へのアクセスや手荷物検査に要する時間を考慮すると、鉄道で4時間を切る移動では鉄道利用が優位に立ち、4時間を超えると航空機が優位になるというものだ。

読売新聞は「乗車時間が4時間を切ると、利用者が航空機から新幹線に流れる現象」(2018年10月20日付)、毎日新聞も「4時間は国内を移動する時、航空機を選ぶか新幹線にするかの判断の目安となる所用時間です。一般的に4時間を超えると、利用者が新幹線から航空機に流れるとされています」(2014年9月7日付)と説明している。

東京―広島までは新幹線優位

実際に「4時間の壁」はあるのだろうか。各都市圏の新幹線と航空の所要時間、シェアを比較してみよう。

JR東海によると、新幹線の所要時間が約2時間30分の東京圏―大阪圏では、新幹線と航空のシェアは85対15で新幹線が優位。同様に、新幹線の所要時間が約3時間10分の東京圏―岡山は70対30、同約3時間50分の東京圏―広島間は68対32で、やはり新幹線が優位だ。JR西日本のデータによると、2008年には東京―広島間のシェアは50対50だった。この10年ほどで新幹線の競争力が高まったことになる。

航空機の場合、羽田―岡山間の飛行時間は約1時間15分、羽田―広島間は約1時間20分。空港リムジンバスを使った空港から駅までの所要時間は岡山桃太郎空港から岡山駅までが約30分、広島空港から広島駅が約50分かかる。空港アクセスを含むトータルの所要時間で新幹線が優位に立っているといえそうだ。

一方、関門海峡をまたぐ東京圏―福岡間は小倉、博多いずれも新幹線の所要時間が4時間を大きく超え5時間に迫るため、新幹線と航空のシェアは10対90で、航空が新幹線を逆転する。羽田―福岡間の飛行時間は約1時間50分で、新幹線の半分以下。福岡空港が市街地に近く、空港から博多駅まで地下鉄でわずか5分の距離であることも航空優位の理由に挙げられそうだ。

JR西日本によると、東京圏―山口間は鉄道26.0%、航空74.0%で航空のほうが強い。東京―新山口間は約4時間20分。新山口に次いで利用者の多い東京―徳山間も4時間以上かかる。東京圏からみると、広島県と山口県の間に4時間の壁が存在することになる。

続いて、関西と九州の移動について見ていこう。JR西日本によれば京阪神―熊本間の新幹線の所要時間は約3時間、最速2時間57分。新幹線と航空機のシェアは新幹線61.7%、航空38.3%で鉄道のほうが優位だ。熊本駅は繁華街の下通(しもとおり)まで路面電車で15〜20分かかるが、阿蘇くまもと空港からは空港リムジンバスで約50分かかるので、この点でも鉄道の時間的優位は揺るがない。

4時間を切っても航空優位が続く

ところが、新大阪―鹿児島中央間の所要時間は「みずほ」を使えば最短で3時間41分で4時間を切っているにもかかわらず、京阪神―鹿児島中央間のシェアは新幹線25.1%、航空74.9%と航空の圧勝だ。新幹線の鹿児島中央駅は、繁華街の天文館まで路面電車で7〜8分の距離だが、鹿児島空港からだと空港リムジンバスで約50分かかる。それでも新幹線は航空機にかなわない。

新幹線は利用されていないのだろうか。JR九州の担当者は、「鹿児島中央から新大阪までの直通運転実現の効果は想定以上だった」と語り、この見方を否定する。2011年の九州新幹線全線開業当初、関西まで相互直通運転する列車は1時間当たり1本の計15往復だったが、現在は1時間当たり1〜2本の23往復だ。新幹線は大健闘している。

とはいえ、九州新幹線鹿児島ルートが2011年に全線開業してから9年が経過した現在も、依然として航空が優位という事実は、4時間の壁がつねに当てはまるものではないことを示している。

東京から北へ向かってみよう。JR東日本によれば、新幹線の所要時間が最速3時間37分の東京―秋田間は58対42で新幹線が優勢。東北新幹線の東京―新青森間の所要時間は最速2時間59分であり、東京―青森間の新幹線と航空のシェアは78対22で、やはり新幹線が優勢だ。

東北新幹線の列車は新青森で北海道新幹線に乗り入れ、函館に向かう。東京―新函館北斗間の所要時間は2019年3月のダイヤ改正で最短3時間58分となり、ついに4時間を切った。2017年時点における東京―函館間のシェアは鉄道29%、航空71%で航空のほうが優勢だったが、4時間の壁のセオリーに従えば、2019年4月以降は利用者が航空機から新幹線にシフトしていることになる。はたしてどうなるか。

新幹線の逆転は難しい

新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり2019年度の北海道新幹線の輸送量は4.9%減った。これはJR東日本の東北や北陸など新幹線全体の利用者数5.1%減と大差ない数字である。航空側のデータはまもなく発表される航空輸送統計調査を待つ必要があるが、北海道新幹線の輸送量が劇的に改善しているわけではないので、航空のシェア逆転は難しそうだ。

新幹線の駅である新函館北斗から函館駅へは空港アクセス列車の「はこだてライナー」で20分弱かかる。一方、函館空港は市街地に近く、函館駅まで空港バスで約20分だ。このような新幹線と航空機の所要時間以外の要因が影響していることに加え、新幹線が4時間を切ったといっても、実際には4時間を超えて走る列車も多いという理由もある。

2015年に金沢に延伸した北陸新幹線は、東京ー金沢間の所要時間は2時間28分で、新幹線と航空のシェアはおよそ7対3。新幹線の圧勝だ。金沢開業前に新幹線と特急を乗り継いでいたときのシェアはおよそ3対7だったので金沢延伸によってシェアが逆転したことになるが、新幹線と特急を乗り継いだ場合の所要時間は約3時間50分。4時間を切っていたのに航空に負けていた。

そもそも「4時間」の根拠も疑わしい。新幹線が地方都市にもたらす影響を研究する青森大学の櫛引素夫教授は、2002年の東北新幹線・八戸開業時に、青森県で取り沙汰されたのは“3時間の壁”だったという。

マスメディアで4時間の壁という言葉が取り沙汰されるようになったのは2010年。新大阪―鹿児島中央間の所要時間が4時間を切るという報道がきっかけだが、同区間の新幹線と航空のシェアは前述のとおりだ。

また、東京―新青森間を走る「はやぶさ」は、最も速い列車は2時間59分だが、はやぶさの中にも所要時間が3時間43分という列車もある。それでも東京―青森間は新幹線が優勢だ。櫛引教授は「この44分差を理由に新幹線を選ばないことはないだろう」という。

その意味では、3時間の壁や4時間の壁というのは、新幹線と航空のシェアの分かれ目というよりも、新幹線の利用者を増やすための宣伝文句程度に考えておいたほうがよいだろう。

「選択肢があることが重要」

利用者が新幹線か航空機かを選ぶ決め手は所要時間だけでなく、価格も関係してくる。大阪(伊丹)―鹿児島間における日本航空(JAL)の航空料金は、普通運賃は3万0860円だが、「特便割引」で1万7360円という便もある。

新幹線は、新大阪―鹿児島中央間の指定席料金と運賃の合計は2万2430円。3日前まで購入すれば割安な「e早得」なら1万9040円だ。通常料金では新幹線のほうが安いが、割引価格では航空機のほうが安い。最近は新幹線もネット割引が充実してきたこともあり、新型コロナウイルス感染終息後の需要喚起策として、新幹線もスピードだけでなく価格面を訴求してもよい。

過去には新幹線の開業によって、羽田―新潟間、羽田―花巻間、羽田―仙台間などの空路が姿を消した。しかし、櫛引氏は「利用者にとっては、移動の選択肢が存在することが最も望ましい」と指摘する。

2015年の北陸新幹線金沢開業によって、羽田―富山間、羽田―小松間の空路も利用者が激減している。しかし、北陸の自治体は羽田との空路維持に向けて、さまざまな施策を打ち出している。羽田便の縮小で空港機能が著しく低下すれば、地元経済への悪影響が大きいからだ。その意味では、4時間の壁が過剰にクローズアップされて空路が縮小されることは地方にはプラスにはならない。地方に住む人にとってはは、新幹線も航空もどちらも重要なのだ。